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カントリーゴールド

 投稿者:つねチャン  投稿日:2009年11月19日(木)00時02分20秒
返信・引用
   つねチャンの 写真 UPしています。
http://photos.yahoo.co.jp/ph/hatimakikun/lst?.dir=/6092&.src=ph&.order=&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/
 

(無題)

 投稿者:西田達也  投稿日:2009年11月18日(水)18時21分59秒
返信・引用
  話は変わって、ついこあいだ、市橋なんとかというのが、英会話講師イギリス人女性殺害容疑で捕まったとかいうニュースがありました。
この容疑者、黙秘権を行使してなにもしゃべらないそうです。(11月17日現在)
敢えて批判を覚悟で言えば、逃亡中世話になった人たちに迷惑がかかるのを恐れて何も言わないほうがよい、と判断したのではないか。 なかなか男らしい態度だと思いますねー。

一方、これを通報した名古屋の整形外科医とか、大阪の建設屋、その業界では「裏切り者」なのではないでしょうか。いち早く体制側について己が安全を図る、どうもこういうのはイヤですねー。言っときますが、社会的にどっちが好ましいかということではなく、自分の好みとして言ってるのです。

そこで思い出すのがわたしの愛唱歌、「ジェシー ジェイムス」。そんな店が福生にもあるそうですが。歌詞がいくつかあって、手許にあるものでは、


Jesse James was a lad who killed a many  man

He robb'd the Glendale train

He stole from the rich

And he gave to the poor

He'd a heart and a hand and a brain

   Poor Jesse had a wife to mourn for his life

   Three children,they were brave

   But that dirty little coward that shot Mister Howard

   Has laid poor Jessie in his grave  (以下略)

                       (Robbins Music Corporation,New York,N.Y.)

2番の歌詞によると、裏切り者ロバート フォードによって最後は射殺されたそうです。

ここで大変面白く、思わず笑ってしまったのが、ジェシーは関係代名詞 WHO
で受けていること。
一方、裏切り者 ロバート フォードについては関係代名詞 THAT で受けてることです。
つまり人間扱いしてない、モノや動物と同じということです。アメリカ人というのは裏切り物がきらいでしゃれっ気がある、単純明快な民族ですねー(笑)

http://iya-

 

最近感じること。鈴木カツ氏にささぐ。

 投稿者:沢野ひとし  投稿日:2009年11月18日(水)12時45分41秒
返信・引用
  カントリーがすきだというわりに音楽を聴いていない人。
勿論わたしもそうです。

歌う人は「これを俺はうたるかな?」それだけで終わってしまう。
ギターやスティールも「これできるかな?」だけでおわり。
きちんとしたリスナーがすくない。
とくに楽器をいじくる人は自己満足だけ。

これではいかん。ボブ・デランのバックを勤めた、女性の
シンディ・キャッシュダラーは「スティールはノエル・ボックスを良く聞いていた」という。

いま日本で「ノエル・ボックス」のスティールを評価しているのは、国立の父早川肇氏と
茅ヶ崎の石鯛ことカツ氏ぐらいだ。

バックの怪しいハモンドオルガンの音がいい。
黒いビロードがゆらゆらゆれているような鍵盤づかい。
その雰囲気にいちころになる。
このことを指摘したのも「石鯛こと鈴木カツ氏」だ。

さらに日本語で「カントりーを歌え」と叫んで海に走っていって溺れたのも彼である。

物まねはいつか終わっていく。
 

画像です

 投稿者:@katsu  投稿日:2009年11月18日(水)11時25分12秒
返信・引用
  スイマセン、画像です。

http://park8.wakwak.com/~music/kats/

 

泣けたビニール・アナログ盤

 投稿者:@katsu  投稿日:2009年11月18日(水)11時22分55秒
返信・引用
  ♪沢野兄貴、これですよね。
よく泣きました!

http://park8.wakwak.com/~music/kats/

 

鈴木カツ氏に答える。しかるべき時がきたらまたこたえる。

 投稿者:沢野ひとし  投稿日:2009年11月18日(水)08時00分56秒
返信・引用
  >  ここには何とテナー・サックスがフィーチャーされておりますよ。これがなぜ当時ボツ録音になったか理解できません。つまり「これぞジャズ・カントリー」という風情が絶品ですよ。ぜひお聴き下さい!!

ベア・ファミリーのボブ・ウイルのセット物から事情がわかる。

ボブ・ピンソン作のディスコグラフィにはこうある。

C 1479-1   STEEL GUITAR RAG     OK 03394
C 1479-2   STEEL GUITAR RAG     Vo/OK 03394

極端に友達の少ない、国立の早川肇さんがその前に答えてくれました。

早川さんは「スティールを弾く人はレオンを聞け、ノエル・ボックスを聞け、ハーブ・レミントンを聞け」と口癖のようにいいます。
これらの音源の曲は名曲ばかりです。

早川肇さん、トクサンと5月に能登を旅行した時、車窓から見える風景を「いいね〜」と
満足そうでした。早川さんは「日本海の海、田んぼ、まばらな人家、お墓、このスキマがいい、都会にはスキマがない」といいました。
私はハッとしました。このスキマこそ「カントリー音楽」と思いました。
歌うバックに控えめなフィドル、スティール、管楽器がスキマを埋めます。
スキマをびっしりと埋めるのが、最悪のペダルスティールです。
これでは息ができません。

久しぶりにマール・ハガードの「1970年、ボブ・ウイルスへのトリビュート・アルバム』を聞きましたが、あらためて名盤ですね。

バックの音が実にいい。
ジョーニー・ギンブル、タイニー・ムーア。
さらに怪物エルドン・シャンブリン、ピアノのジョージ・フレンチ、このピアノは
テキサスの乾いた風を感じさせます。ギターのロイ・ニコルもやる!!
ステイールのハムレットも控えめでいい。

 「エモンズ&レイ・ペギント」のアルバムはエモンズが弾きすぎている。
スティールフアンには気持ちがいいだろうが、スティ−ルは控えめにかぎる。

茅ヶ崎で今日も釣れない石鯛を夢見て、竿をなげる孤独なストレンジャー。
鈴木カツ氏に政権交代は来るのだろうか?
 

27日(金)、居酒屋「茶茶」ライブ

 投稿者:トクさん  投稿日:2009年11月18日(水)03時08分30秒
返信・引用
  参加を予定してくれていた方たちが急に町会の
集まりとかのせいで何人かまとまって来られな
くなりました。

という次第で、もし、ご用とお急ぎでないなら
ば、ぜひとも遊びに来ていただけると幸甚です。

開演は午後8時。
お店はもっと早くから開いてます。
福生からだと銀座通りを牛浜方面へ。
やました酒屋の次の角から2軒目にあるライオ
ンズマンション。道に面しています。マンショ
ンはただいま外壁工事中で看板がわかりにくい
けれど一番手前のおみせです。

心優しい方はメ−ルをください。席を用意して
もらいます。

サポートメンバーはギターに岡山ダンちゃん、
ベースに後藤シャイアン。わたしの歌にはもっ
たいないほどのバックアップ陣です。
 

オールカントリーボーイズ19年目突入

 投稿者:トクさん  投稿日:2009年11月16日(月)16時05分6秒
返信・引用
  連ちゃんライブ、無事終了。いつものように温かい応援の
おかげです。

ことさらに「無事」と書いたのは、じつはリーダーでステ
ィール担当の釜石が鬼の霍乱で休んだため。

11月というのは1991年にオールカントリーボーイズ
を立ち上げた誕生月で、この2日の定期ライブは言うなら
ば19歳の誕生日でした。

このまる18年間、釜石は1度も欠席したことがありませ
ん。市民バンドの場合、たいてい仕事の都合とか法事とか、
病気以外にもやむをえない事情があって参加できない時も
あるものです。1年に、オールカントリーボーイズとして
演奏する機会は30回ぐらいありますから、皆勤というの
は大変なことですよね。

その釜石が熱発、いま時期が時期だけに本人が頑張ると言
ってもライブハウスという閉鎖空間の中ではお客さまへの
迷惑も考えられるので蟄居を命じた次第。もし出てきたら
ヨーデルを歌わせるぞと言ったらよい子になりました。

途中メンバーの出入りはありましたけれど、創立メンバー
3人を含めた現在の陣容になってからでも10年になりま
す。まるまる18年、よくぞここまでといった感慨ですね。

繰り返しますが、それもこれも応援しくださる方がいれば
こそ、聴いてくださる方がいればこその話、ありがたいか
ぎりです。

来年の20年にはお祝いをしようね、などと言ってますが、
さてそれまで元気でいられるかという声も……。
 

オクラホマ州マスコギー市

 投稿者:トクさん  投稿日:2009年11月16日(月)15時35分47秒
返信・引用
  マール・ハガードの「オーキー・フロム・マスコギー」は
40年前の11月にヒットチャートのナンバーワンに躍り
出たのだそうだ。そのとき、この町は世界の人に“発見”
された。

40年たったいま町の人が振り返る思い出をまとめた面白
い記事があった。

http://www.muskogeephoenix.com/local/local_story_319000014.html

最後の方に「日本人も尋ねてきた」とあるが、この方はい
ったいどなたなんでしょうね。
 

大浦みずきさん(長文ご容赦)

 投稿者:トクさん  投稿日:2009年11月16日(月)13時05分46秒
返信・引用 編集済
  亡くなったんですね。肺癌。まだ53歳!
去年11月に“胸膜炎”という名目で入院しいくつかの舞台を
降板。復帰を信じて闘病されていたとニュースが伝えています
が、無念だったでしょうね。

ダンスの名手でした。一時期追っかけをしていて、引退興行の
ときは宝塚の大劇場まで行きましたよ。退団以降は宝塚歌劇の
魅力も半減し、あまり観なくなったほどです。

4年前、ベニサン・ピット(今年閉館)で大浦さんが二人芝居
の一人として出演した「カルテット」を観にいったとき、その
美術を担当した知人のつてで舞台がはねたあと引き合わせても
らったことがあります。ずーっと思いを寄せていてついにご対
面に至った経験はマール・ハガード以来の感激。花束とワイン
を携えてドキドキしながら待ちました。舞台からはクールな感
じを受けていましたが気さくな人でした。

だけれど憧れのスターと実際に顔を合わせると言葉が出てこな
いもの(マールのときもそうでした)。たいした話もできず面
会は終わってしまいました。でも大劇場まで行ったことや、た
またま仕事でお父さまの詩を絵本化したことがあったんですよ、
というような話をしたら(タイトルを覚えていてくれた!)喜
んでもらえて嬉しかったです。

ところで、前に書いたけれど、わたしの音楽の背景には三本の
柱があります。もちろんのカントリーと、歌声喫茶「灯」に宝
塚なのです。

叔母に連れられ宝塚の大劇場に初めて行ったのが中1、演目が
たまたま「モン・パリ」でした。終戦後まだ12年、その華や
かさに目がくらみましたよ。以来、何本か観ていますが、社会
性の強い作品をリアリズムでやられると生硬さに鼻白むことが
ありますが、ファンタジーだとすっと入っていけるのは宝塚の
舞台に教えられたことのひとつかもしれません。

「灯」に行ったのは中2のときで、連れていってくれたのはク
ラス担任の先生でした。それくらい「歌声」が流行って(?)
というかみんなの生活の中にあったのでしょうね。テレビ番組
で思い出の歌と訊かれた笑福亭仁鶴さんが「かあさんの歌」を
あげて1節口ずさんいましたけれど、「ああ、こういう方たち
も若い頃に“洗礼”を受けていたのだな」と感慨深いものがあ
りました。そこの「歌集」には、お店に行ったことのない人に
は意外かも知れませんが、数多くのアメリカの古い歌が載って
いて、わたしがいま日本語で歌う曲のほとんどはそれで覚えた
ものです。なによりもここではみんなで歌うことの楽しさを知
りました。以来50数年、1年に1回ほどですがミニライブを
するほどつきあいは深く、長くなりました。

書いていて思いだしたことがあります。
憧れのスタート言えば小坂一也さんもそうでした。新聞のラジ
オ欄で出る時間をチェックしてラジオにかじりついていました
っけ。小学校4年のときだったと思いますが、たしか文化放送
で金曜夜8時から「小坂一也アワー」(?)という番組があり
ました。ところが当時の小学生としてはテーマの「テキサスプ
レーボーイズラグ」を耳にするまでは起きていられるのですが、
その後は眠くて、結局終わりまで聴くことはできなかったもの
です。

その小坂さんと初めて言葉を交わしたのが寺本圭一さんのライ
ブのときでした。もう30年ほど前のことで、そこに小坂さん
もご友人遊びに見えていたのです。間近にいるけれど声をかけ
るのはさすがにためらっていたのですが、寺本さんにステージ
に呼ばれて1曲か2曲歌って席に戻ったところ、わざわざわた
しの隣に来てくれたのです。いやあ、大感激でしたねえ。なん
か、いろいろ夢中で話しましたよ。そのとき小坂さんが言った
言葉で妙に覚えているひと言があります。「きみは今日こうし
て小坂一也といういちおう名の通った人物と会ったのだから誇
りに思いなさい。家族や友人に自慢しなさい」
真意は測りかねますが、これって、おかしいでしょう。
「映画やテレビドラマは監督(演出家)のもの。その中のワン
・オブ・ゼムでしかなく自分を表すことはできない。その点、
歌は違う。自分が主役としてドラマを表現できる」とも言って
ました。これは名言ですね。

大浦さんの思い出から、話は大きくそれました。その早世はや
はりショックですが、いろいろなことを振り返るきっかけにな
りました。感謝。合掌。
 

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